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  物と​快楽に​振りまわされる​信仰なき世界、​そのような​世界に​圧迫され影響を​受ける​今、​〈烏合の​衆〉と​同じように​考えず、​同じような​振る​舞いを​しない​自由を​要求し、​また、​その​正当性を​主張するには​どう​すれば​良いのだろう。

​ 神の​子であるなら​その​自由を​乞い​願う​必要は​ない。​なぜなら、​キリストは​一度で​万人の​ため、​自由を​勝ち得てくださったからである。​とは​言え、​あらゆる​ところで​その​自由を​弁護し、​また、​それを​人々に​示さなければならない。​そうして​初めて、​彼らも​私たちの​自由が​環境に​左右されない​ことを​悟るだろう。

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