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私の​愛する​子たちよ、​私たちは​神の​愛に​よって​選ばれました。​それは、​常に​若く​新しい​オプス・​デイの​道を​生きる​ためです。​この​人間的かつ超​自然的冒険は、​地上に​愛熱の​火を​燃え​上がらせようと​切望された​主に、​キリストの​共同の​贖い​者と​して​緊密に​同伴する​ことです1

​主は、​十字架に​よって​死に​打ち勝ち、​人間に​課された​滅びの​宣告を​破棄し2、​その​御血と​いう​広大無限の​代価ですべての​人を​贖ってくださいました。​Empti enim estis pretio magno​「あなたがたは​(高い)​代価を​払って​買い​取られた」3。​私たちは​多大な​代価で​贖われたのです。​例外なく​すべての​人に、​新しい​命の​可能性、​霊に​おける​再生の​可能性、​勝利者と​して​生きる​可能性が​開かれました。​その​結果、​次のように​叫ぶことができるようになったのです。​「もし神が​わたしたちの​味方である​ならば、​誰が​わたしたちに​敵対できますか。​わたしたちすべての​ために、​その​御子を​さえ惜しまず死に​渡された​方は、​御子と​一緒に​すべての​ものを​わたしたちに​賜らないはずが​ありましょうか。​(…)​わたしは​確信しています。​死も、​命も、​天使も、​支配する​ものも、​現在の​ものも、​未来の​ものも、​力ある​ものも、​高い​所に​いる​ものも、​低い​所に​いる​ものも、​他の​どんな​被造物も、​わたしたちの​主キリスト・イエスに​よって​示しめされた​神の​愛から、​わたしたちを​引き離す​ことは​できないのです」4。​これは、​泥で​できた​人間が​まったく​夢見る​ことさえできなかった、​確実さと​充満と​人間の​神化を​高らかに​歌い​上げた​賛歌です。

備考
1

ルカ12・49参照。

2

コロサイ2・14参照。

3

一コリント6・20、​一ペトロ1・18-19参照。

4

ローマ8・31-32、38-39。

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