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私の愛する子たちよ、私たちは神の愛によって選ばれました。それは、常に若く新しいオプス・デイの道を生きるためです。この人間的かつ超自然的冒険は、地上に愛熱の火を燃え上がらせようと切望された主に、キリストの共同の贖い者として緊密に同伴することです1。
主は、十字架によって死に打ち勝ち、人間に課された滅びの宣告を破棄し2、その御血という広大無限の代価ですべての人を贖ってくださいました。Empti enim estis pretio magno「あなたがたは(高い)代価を払って買い取られた」3。私たちは多大な代価で贖われたのです。例外なくすべての人に、新しい命の可能性、霊における再生の可能性、勝利者として生きる可能性が開かれました。その結果、次のように叫ぶことができるようになったのです。「もし神がわたしたちの味方であるならば、誰がわたしたちに敵対できますか。わたしたちすべてのために、その御子をさえ惜しまず死に渡された方は、御子と一緒にすべてのものをわたしたちに賜らないはずがありましょうか。(…)わたしは確信しています。死も、命も、天使も、支配するものも、現在のものも、未来のものも、力あるものも、高い所にいるものも、低い所にいるものも、他のどんな被造物も、わたしたちの主キリスト・イエスによって示しめされた神の愛から、わたしたちを引き離すことはできないのです」4。これは、泥でできた人間がまったく夢見ることさえできなかった、確実さと充満と人間の神化を高らかに歌い上げた賛歌です。
…から印刷された文書 https://escriva.org/ja/carta-29/1/ (2025/11/17)