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初代キリスト教徒の​行動の​仕方

​初代の​キリスト教徒は​上に​述べたように​振る​舞いました。​超自然の​召し出しが​あるからと​いって、​社会的、​あるいは​人間的プログラムを​持っていたわけでは​ありません。​しかし、​一つの​精神に​満たされ、​人生・世界に​関する​一つの​見方を​持っていたので、​彼らが​活動していた​社会に​影響を​及ぼさずには​いられなかったのです。

​私たちと​同じような​個人的な​使徒職で、​改宗者を​出していました。​聖パウロは​牢に​いる間、​諸教会に​「皇帝の​家」​45に​住んでいる​人たちからの​挨拶を​送っています。​使徒が​フィレモンに​送った​あの​手紙に​感動しませんか。​キリストの​パン種が​どのように​して、​愛徳の​影響を​通して、​(直接狙ったわけではないのですが)​主従関係に​新たな​意味を​与えるようになったかを​生き​生きと​証ししています46

​「私たちは​昨日生まれた​ばかりである。​しかるに、​大きな​都市や、​島々、​村々、​自治体、​議会、​兵舎、​民族、​集まり、​宮廷、​元老院、​広場など、​あなたが​たのいる​ところは、​キリスト信者で​いっぱいである。​残されているのは、​あなたが​たの​神殿だけだ」​47と、​1世紀が​過ぎた後、​テルトゥリアヌスが​書いています。

備考
45

フィリィピ4 ・22。

46

フィレモン8-12、エフェソ6・5〜、コロサイ3・22-25、一テモテ6・1-2、一ペトロ2・18~参照。

47

テルトゥリアヌス『護教論』​(Tertuliano, Apologeticum, 37,4〈Fontes Christiani 62, ed. de Tobias Georges, Freiburg-Basel-Wien, Herder, 2015, p. 230〉)。

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