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私の子たちよ、希望に満ちて元気一杯でいなさい。休まずに「平和や互いの向上に役立つことを追い求めようではありませんか」48。「だれに対しても悪に悪を返さず、すべての人の前で善を行うように心がけなさい。できれば、せめてあなたがたは、すべての人と平和に暮らしなさい」49。
Filii huius prudentiores filiis lucis in generatione sua sunt、「この世の子らは、自分の仲間に対して、光の子らよりも賢く振る舞っている」50という主の嘆きを、自己を鼓舞するために、度々、思い起こしなさい。厳しい言葉ですが、とても的確です。残念ながら日々見られることです。
そうこうしているうちに、神と教会の敵たちは、組織づくりのために動き回っています。〈模範的な〉根気強さで幹部を育て、指導者や扇動者を育成する場を設け、それを維持し、密かに(しかし、効果的に)彼らの考えを撒き散らし、あらゆる宗教的思想を破壊する種を家庭や職場に運んでいます。
私の子たちよ、今、マルクス主義は、様々な形で活発に活動しています。個人的に叫び声を上げるというよりは、体系的に、絶え間なく宣伝を続け、あらゆる宗教的な要素を批判し、無神論に科学的な根拠を与えようとし、地上的な信仰と希望を作り上げ、それを真の信仰と希望と入れ替えようとしています。
私は、(教会が教えと両立し得ない考えとしてそれを幾度も排斥している)マルクス主義を歓迎するカトリック信者を理解できません。彼らは、神の敵に手を貸し、自分たちと同じように考えないカトリック信者を敵だと考えます。他の信者を悪く扱い、信者でない人々に見せかけの愛徳で接するカトリックは、大きな間違いを犯し、正義に反しています。彼らは偽の愛徳で誤ちを覆い隠しています。秩序のない愛は愛徳ではありません。
…から印刷された文書 https://escriva.org/ja/carta-29/23/ (2025/11/20)