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あなたは、神と他人の前で、自分のことを恥ずかしく思う。古い汚れがまた姿を現してきたからだ。本能と悪い傾きは、ことごとく敏感に感じられ、心に不安の雲が垂れこめる。しかも、望みもせず予想もしないとき、疲れて意志がふらついているときに限って、誘惑が襲ってくる。
そのような自分の姿を見るとやりきれないが、自分が謙遜かどうかは分からない、とあなたは言う。しかし、神のため、主の愛ゆえに痛みを感じているのなら、その愛から生まれた痛悔のおかげで、警戒心を緩めることはないだろう。戦いは一生続くからである。
この点を別の言語で
…から印刷された文書 https://escriva.org/ja/surco/174/ (2025/11/27)