生温さ

  霊的生活に​おいて、​あなたを​怠惰で​投げやりに​する​気力の​なさに​対して​戦いなさい。​それは​生温さの​始まりに​なり得る​ことを​考えなさい。​聖書の​言葉に​よれば、​生温い者を​神は​口から​吐き出すのである。

  生温さに​陥る​危険に​さらされている​あなたを​見ると、​心が​痛む。​身分に​応じた​完徳を​真剣に​求めていないからである。

​ 私と​一緒に​申し上げなさい。​生温い​者には​なりたく​ありません。​「あなたを​畏れてわたしの​身は​すくみます」、​私の​神よ、​私に​子と​しての​畏れを​与え、​反応させてください。

  あなたが​大罪を​避けている​ことは​知っている。​確かに​あなたは​救いを​望んでいる。​しかし、​意識していながら​絶えず犯す​小罪に​ついては、​打ち勝てと、​事ある​毎に​呼びかける​神の​声に​気づいているにも​かかわらず、​無頓着である。

​ 生温いから​こそ、​そのような​悪い意思を​持つようになるのだ。

  大罪でないからと​いって​戦わずに​屈する​なんて、​神に​対する​あなたの愛の​なんと​ちっぽけな​ことか。

  小罪は​霊魂に​多大な​害を​およぼす。​だから、​「狐たちを​つかまえてください、​ぶどう​畑を​荒らす​小狐を」と、​主は​『雅歌』の​中で​言われるのである。

  あなたが​小罪の​痛みを​感じない​限り、​私の​悲しみは​続く。​小罪に​痛みを​感じるようにならなければ、​正真正銘の​内的生活を​始めたことには​ならないからである。

  神に​関係の​ある​事柄を、​怠け心に​負けて​渋々​行うなら。​計算高く、​〈ずる​賢く​〉、​自らの​義務を​減らす方​法を​考えるなら。​あなた​自身と​あなたの​楽に​なる​ことしか​考えないなら。​あなたの​会話が​無益で​空虚な​ものなら。​小罪を​憎まないなら。​人間的な​動機で​行動するなら。​あなたは​生温い。

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